まあ、言うて言うは易しなんだけどね

サラリーマンです。 ランニングを習慣としていて、マラソンでサブ3達成を目標にしています。夢はピカチュウによる発電システムを確立させることです。 宛先はthisisnomi3@gmail.com

「鶏ハムのサラダ」に隠された謎とシンギュラリティの可能性について

先日、お店で「鶏ハムのサラダ」を注文した時の話。

 

 

「鶏ハムのサラダ」ってなんか無性にそそられませんか?

私はそのお店で初めて「鶏ハムのサラダ」というメニューを目にしたのですが、なんとも言えない引力に惹かれました。

 

だって本来「鶏のサラダ」でも「ハムのサラダ」でも良いのに「鶏ハムのサラダ」ですもんね。

 

 

そんなこんなの期待の下、遂に「鶏ハムのサラダ」が運ばれてきました。

 

こんな期待を持ちながらもしばらく気がつかなったのですが、

この「鶏ハムのサラダ」

 

鶏ハムが

 

 

どこにも

 

 

見当たらない。

 

 

 

 

最初はキャベツとかのどこかに紛れてるのかと思ってたんです。

でもいくら食べても出てこない。

 

キャベツ、クルミ、ショウガ。

 

いくら食べても「鶏ハム」が出てこないんです。

 

 

とはいえ、これはこれで美味しいんですよね。

「だから、もしかしたらこれは完成形なんじゃないかなあ」

なんて、迷ったりしてました。

 

 

てか、そもそも「鶏ハム」ってなんでしょう?

正直初めて聞きました。

 

「鶏ハム」

「トリハム」

「とリハム」

 

なんだかこんがらがってきました。

 

「頭李歯夢」

「取刃六」

 

 

 

 

!?

 

 

 

これは!?

 

 

まさか!?

 

 

 

 

 

「鶏は無」!?

 

 

 

本当は、お店は「このサラダには鶏が入っていませんよ」というメッセージをこめたくて「鶏は無」と表記したかったのではないでしょうか?

しかし、昨今の優秀な変換予測のせいで、よりそれらしい「鶏ハム」に変換されてしまったのではないか?

それならば、私が今まで「鶏ハム」というものに馴染みがなかったこともうなずけます。

 

なぜなら「鶏ハム」は進化した変換予測が創造した虚構だからです。

 

 

超越進化したテクノロジーが本来存在しえない物を創り出してしまう。

そしてそれに人間が踊らされてしまう。

 

 

テクノロジーが人間を支配する世界は、こういったところから忍び寄っているのかもしれませんね。